腕時計ブランドヒストリー

オリス – ORIS – ブランドストーリー

オリス

オリスORIS

クラシカルで本格仕様の機械式時計を限りなく身近にした老舗。

1904年に2人の時計職人、ポール・カッティンとジョルジュ・クリスチャンがスイス・バーゼル地方ヘルシュタインで時計工場を設立。Orisという社名は、近隣を流れる小川と渓谷の名にちなんで命名されました。

会社は急速に発展し、同年に初のゴールドの懐中時計を製作。1910年頃には300人以上の従業員を有する地域最大の企業へと成長しました。1925年には、当時の最先端の電気メッキ工場を、1937年には文字盤工場をオープンし、さらに事業を拡大。1938年に誕生した、専用針で日付を表示する「ポイントデート」は、世界的なヒット作に。米国空軍に愛用された「ビッグクラウン」などのパイロットウォッチは、いまなお多くのパイロットたちの支持を集めています。1960年代後半には800人以上を雇用し、年間120万個の腕時計や置き時計を生産する大企業へと発展しました。

しかし、1970年代のクォーツ時計台頭によるクォーツショックが、スイスの時計産業に大打撃を与えます。一説によると、クォーツショックによって、当時スイスに900程あった時計メーカーが倒産し、2/3の時計労働人口が解雇されたと伝えられています。

Orisもまた、1970年代にはスウォッチグループの前身であるASUAGに買収され、エントリーレベルのブランドとして安価な時計を生産する事を余儀なくされましたが、1981年、当時のジェネラルマネージャーDr.ロルフ・ポートマンとマーケティング責任者のウーリック・W・エルゾックが企業買収を行い、企業運営の権利とすべての資産を手に入れ、ブランドの復活に着手。エルゾックは、1985年以降定期的に日本を訪れ、日本人顧客の機械式時計に対する情熱に触れ、1994年までに機械式時計の高度な技術力「ハイ-メカ」に集中することでOrisを「機械式時計の世界的な先駆者」として確立することを決断。クォーツ時計の生産を廃止しました。

1990年代からは、ダイビングやレーシングシーンに合わせた高機能スポーツシリーズも展開。2002年レッドローターを商標登録。今日アイコンとなったレッドローターは、Orisのすべての自動巻時計に装備されています。創立110周年を記念し、2014年、35年ぶりの自社ムーブメント、キャリバー110を、2015年にはデイト機能を付加したキャリバ−111を発表。新たな歴史を刻み続けています。

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